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報道の世界から一転。巣立っても帰って来られる“ツバメの巣”のような場所を

横山淑恵

ベーカリーカフェ「ル・ニ・リロンデール」店主
宮城 東松島

プライベートでつらかったときに救ってくれたのが仕事だった

─── その後、ご自分のお店を出すことになるんですよね。

「ミネソタ」だった場所を「ル・ニ・リロンデール」というカフェにしました。そこで2年間カフェ経営を経験した後、結婚を機に東松島に自宅兼カフェを建てることにしました。登米の店はその後、建物はそのままで別の方が受け継いでくれることになりました。当初は海が見えるところでカフェをやりたかったのですが、沿岸部はまだ災害の爪痕が残っていて、物件そのものがなく諦めることにしました。住宅街にあるので、こんな場所でお客さんが来るのだろうかと心配していましたが、登米の頃のお客さんが来てくれたり、地元の人が口コミで紹介してくださったりして、徐々にお客さんが増えていきました。

─── 店名の「ル・ニ・リロンデール」にはどのような意味が込められているのでしょうか?

フランス語で「ツバメの巣」を意味します。ツバメが巣を作る場所には幸せが訪れると言い伝えがあるんです。また、ツバメの巣のように、いつもそこにあって、そこから飛び立っても、いつでも帰って来られるような“安らぎの場”にしたいと思いました。学生時代に、実家から巣立つ若者の姿を追ったドキュメンタリー作品を制作したこともあり、そのイメージもあったと思います。

─── お店ではどんなものを出しているんですか?

手作りパンと地元の野菜を使ったプレートメニューなどを提供しています。子どもの頃には気づかなかったのですが、東京で暮らすようになって、故郷の食材のおいしさに気づかされ、これを使わない手はないと思いました。こちらに戻ってから生産者の方ともつながるようになり、作り手の思いを聞くと、ますます惚れ込んでしまい、こんなにも心のこもった野菜たちがおいしくないわけがない。そのおいしさを伝えるのが自分の役割のように感じました。おいしい食べ物を食べて、街の人に元気になってもらいたい、ゆっくりくつろいでもらいたい、そんな気持ちで店をやっています。

─── お店はお一人でやっているのですか?

母とスタッフが1人手伝ってくれています。母には本当に助けてもらっています。母は時代や地域柄もあって、自分のやりたいことができないまま親になってしまったためか、子どものやりたいことは全力で応援をしてくれます。私が映像の仕事をやりたいと言ったときも、「頑張ってごらん」と背中を押してくれました。震災の後、私が帰りたいと言ったとき、「故郷が大変なことになってつらいと思って帰って来るのなら、帰って来なくていいよ。でも、やりたいことがあるのなら、帰って来なさい」と言ってくれました。常にやりたいことを応援してくれる母の存在は大きいですね。

─── その後、宮戸島にも「つばめ食堂」というお店を出されましたね。

宮戸島の店は、市が所有する建物の一角にありました。観光課の方からお声がかかり、始めてみることにしたのです。もともと海が見える場所でお店をしたいと思っていたので、お誘いを受けたときはとても嬉しかったですね。

ただ、その頃はプライベートでとても悩んでいた時期でした。なかなか子どもが授からず、不妊治療をしていたんです。うまくいかないことが続くと、お店に立つのもつらくて。だけど、私情で休むわけにもいかないので、厨房の裏で腫れた目を冷やしてから、店に立つ、ということもありました。そんな中でもお客さまとお話しをしたり、モノづくりに没頭したりしているうちにつらい気持ちから解放され、結果的に仕事に救われていたということが何度もありました。

─── こういう話って、なかなか人に言えなかったりしますよね……。

当時はやっぱり言いにくかったですね。でも、こういう悩みを抱えている人って少なくないと思うんですよ。だから今は、あえて自分から言っていますね。同じような悩みを抱えている人がいたら、寄り添ってあげたいと思っているからです。

不妊治療期間中は、病院に何度も通わなければならず、2つの店との両立が大変でした。スタッフを増やしたものの、コロナで営業を続けていくことが難しくなり、去年の3月に宮戸島の店を閉めることにしました。お気に入りの場所だったので残念でしたが、やはりどこか無理をしていたんでしょうね。お店が1つになってほっとしたのか、その後すぐに子どもを授かったんです。

─── お母さんになってから、何か自分の中で変化はありましたか?

自分が母親になってみて感じたのは、子連れだと「子どもが騒ぐかもしれないから」と周りが気になって、ゆっくりくつろげる場があまりないこと。だったら、自分の店でやってみよう! と、今は月1回、「ママキッズデイ」を設け、子育て中のお母さんと小さな子どもが伸び伸びと過ごせる場にしています。また、子ども健康を考えて、砂糖を控えめにしたパンやお菓子を作って店に出すようになりました。 子どもがまだ1歳なので手がかかりますが、今は仕事もプライベートも充実しています。何よりも店に立つ母がお客さんと楽しそうに話す姿を見ていると幸せな気持ちになります。私の夢を全力で応援してくれた母には感謝の気持ちでいっぱいです。もちろん親子なので日々の小さな衝突はありますが、それも含めて、やっぱり東松島に戻ってきて良かったと思っています。

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横山淑恵
1982年、宮城県東松山市生まれ。日本大学芸術学部映像学科卒業後、テレビ会社に就職。撮影、ディレクター職を経て、2013年にUターン。最後の企画は震災を経験した岩手県のある中学校のドキュメンタリー。カフェ、パンづくりの修行をした後、2015年から登米市の物件を居抜きで借りてカフェ「ル・ニ・リロンデール」をオープン。2年後の2017年に、地元・東松島の自宅兼店舗に移転。その後、宮戸島で「つばめ食堂」を始める(2020年に閉店)。現在は一児の母。

ル・ニ・リロンデールHP https://lenid2015.thebase.in
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インタビュー日 2022年5月23日
取材・構成・ライター 石渡真由美
写真 佐藤佐知子

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