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海の窓口を拠点に、地域の人たちとより良い未来へ歩んでいきたい

佐藤奏子

Beach Academy釜石 代表/さんりくBLUE ADVETURE共同代表
岩手 釜石

海なんて本当に消えてなくなってしまえばいい、という言葉に

─── フリーダイビングインストラクターの資格を取得されたのは、釜石に来てからだそうですね。

釜石の生活の中で、震災を経験されたた女性から「海なんて大嫌い。本当に消えてなくなってしまえばいい」という言葉を聞いたことがありました。その時、私に何ができるんだろうと思っていたんです。そうしたら、翌年にその人から「スキンダイビングやシュノーケリングをやっているなら教えてほしいな」と言ってもらえて、とても驚きました。

自己流ではなく、プロのインストラクターになることで、海への恐怖心のようなものを抱えている方々に何かお伝えできるものがあるのではないかと思い、資格取得のコースを受けました。その素潜り専門の教育機関は本部が海外にあったので、その年の試験会場である地中海のマルタ島へ行き、そこで一発合格とはいきませんでしたが、宿題を受け取って、後日クリアして合格しました。

そうしてインストラクターになってできた素潜りの仲間たちが、毎年「海あそびワンデイキャンプ」にボランティアとしてお手伝いに来てくれています。海で安全管理を行ったり事故を防ぐためにも、助け合いがとても大切です。彼らが手放しの愛情をもって手伝ってくれるのは、自分の心の柱になっています。

─── その後、かまいしDMC(Destination Management Company 観光地経営会社)でも働くようになったと聞いていますが、きっかけは?

海の活動が軌道に乗り、漁師さんとのつながりが深くなるにつれて、もう少し海に関わることをやりたいと思うようになってきて、釜石東部漁協管内にあるNPO法人おはこざき市民会議さんでアルバイトをさせてもらったんです。そこで、事務局として働いていた今の夫にも出会い、結婚しました。

地元東京での出産を経て、釜石に戻って育児をしていたら、根浜海岸の観光施設で人材を募集していまして、働きませんかと声をかけていただきました。しばらくは育児に専念しようかと思っていたんですけど、この流れもご縁かなと思って。まずはアルバイトの契約社員という形で働き始め、翌年に正社員となりました。

今まで色々な活動をやらせてもらって、海の窓口である根浜海岸エリアの魅力と同時に課題も感じていて……。これまでのネットワークを生かして地域に深くコミットして、貢献したいと思いました。

─── そうなんですね。奏子さんが釜石の海で今も活動を続けるモチベーションは何ですか?

海の中の世界って、出会わなくても、人生過ごせるかもしれません。でも、一歩先の自分の好きな世界が見つかるかもしれない。例えば釣り、素潜り、スキューバ、海の生き物が好きになるかもしれないし、ただ単に海に入る感覚が好きなのかもしれない。

その人と海に関わる入り口を作れたら、趣味でも仕事でも、思い出でも、その人の人生を豊かにしてくれる大切なものになっていくかもしれない。

フリーダイビングという素潜りの練習環境だけでいえば、もっとあたたかい海の方がやりやすいです。安全管理の面からも仲間がいないとできない練習もあるのですが、応援してくれるフリーダイビングの仲間たちが釜石に来て一緒に活動してくれるようになったんです。遠くにいる仲間とも、海とふれあう「こういう体験が本当に大事だよね」っていう感覚を言葉にせずとも共有しているような気がします。

それに、漁船に乗ったり漁師さんと関わるって、いきなりぱっと来て、やろうと思ってもなかなかできないですよね。そういう意味でも、遠くから来てくださる方々と地域をつなげる役割にも意義を感じて、より楽しくやるようになりましたね。

─── 地域とのコーディネーター的な役割はとても大変だと思います。嫌になったり、辛くなったりすることはありますか?

取り組んでいれば、失敗もありますし、問題や課題はいろいろと出てくるものですよね。ですがそれも、過ぎてしまえば良い学びになるし、自分を成長させてくれるものだったなって思います。地域との調整やアレンジは、明確じゃないものが多いじゃないですか。コミュニケーションのとり方一つで、うまくいくこともあったり、逆のこともあったり。

そういう時に、プロセスを作っていくというか、流れに愛情を一つ乗っけて、自分の中で調整しながら一番良い方向で何かを届けていくことは、結構私の性に合っているんじゃないかなと思いますね。

─── 信頼関係が築けている奏子さんだから、できる気がします。

できていたらよいのですが、まだまだです(笑)。地域を応援し、地域の活動とともに歩んでいくことは、DMCのミッションでもあります。この先どういうビジョンを持って進んでいくと、より持続可能で、みんなにとって良いのか。震災後の復旧復興で、インフラやハード面が整ってきましたけれど、心の変化やソフト面の進化もまだまだ続きます。できることの中でより良い方へ、笑顔でみんなで歩んでいけたらいいなと思っています。

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佐藤奏子
1978年生まれ、東京都出身。フリーダイビングインストラクター、フォトグラファー。「海・写真・素潜り」がライフワーク。日本一周プロジェクトの撮影を担当する最中、岩手県で東日本大震災に遭遇。そのまま支援活動を行いながら釜石に住むようになる。釜石でより多くの人が海と親しめる機会を作りたいと、シュノーケリングなどの指導や海辺の地域活動を実施。「Beach Academy釜石」代表、「さんりくBLUE ADVETURE」共同代表。現在は「(株)かまいしDMC」の社員として根浜シーサイドのマネージャーを務めている。

●さんりくBLUE ADVENTURE https://sanriku-blue.fun/index.html

インタビュー日2021年6月29日
取材・文・写真 松浦朋子

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