018
地元・大槌へ戻ることが、当たり前の選択肢にあったんです
東谷いずみ
あずま家女将
岩手 釜石

等身大の姿を見て、自分でもできるかなって
─── 釜石に来て2年目でゲストハウスを立ち上げて、それからは?
釜石にいる20代の層を集めて同年代の会や、いろいろなイベントをやってました。「あずま家」をきっかけに、釜石に住んでいる人と釜石を訪れた人がつながれるといいなと思っていて。
自分もゲストハウスをやりたいっていう埼玉の同年代の女の子が、知り合いの紹介で泊まりに来てくれたり。あとは、大学の友達が泊まりに来たときに、JICAの青年海外協力隊にチャレンジするか悩んでいて。その時に自分の話をしたりしました。今は、JICAに受かって、どこかの海外に行っています(笑)。
─── 同世代のインフルエンサーだ! 話を聞いて感化されたんでしょうか?
私も「おむすびのいえ」に行ったときに、そこのオーナーさんに感化されたんですよね。特にバックパッカーの経験とかもなく、もともと保育士をやっていた方がゲストハウスを運営していることが意外で。私にもできるかもって思わせてくれました。
だからここに来た子たちが、私の言葉で何か刺さったかはわからないけど、等身大の姿を見て、自分でもできるかなと思ったのかもしれないですね。

─── 大槌高校での非常勤スタッフもしているとのことでしたが、大槌高校と関わるきっかけは?
ゲストハウス一本でやっていくことは、なかなか難しいだろうし、ゲストハウスともう一つ、別の軸を持てたらと思っていました。釜石のゲストハウスから大槌までは車で30分くらいと近いし、いつかはもう一本の軸を大槌においてやっていきたいと決めてはいたものの、大槌の中で何をやっていくかは、まだふわふわしていて。そんなとき、ちょうど高校の同級生が、キーパーソンに会わせてくれたんですよね。
─── どういう方だったんですか?
NPO法人カタリバの菅野さんという方を紹介されました。前は仮設校舎にあったコラボ・スクール大槌臨学舎というものが、今は大槌高校の一角に入ってるんですよ。そこは中学生も、放課後の高校生も来る面白い場なんですけど、どう? やってみない? と話をされました。
そこで、まずこの1年は何か小さく関われるところからやらせてください、ということで、探求授業のサポートに入って、週に1回「マイプロジェクト」(高校生が地域や身の回りの課題をテーマに自らプロジェクトを立ち上げ実行する)の伴走をしていました。
─── もともと教育に興味があったんですか?
ないですね(笑)。でも、もともとの母校を知っている身からすると、今のこの変わりようが、単純にすごいな、面白そうだなと思って。
「大槌高校が変わっていくことで、地域が変わっていく」みたいなことが起きるのであれば、私は地域に関わりたいし、地域が良くなっていくことは、私にとっても幸せでもあるから、教育っていう切り口から地域を良くするっていうことをやってもいいかなって思いました。
あと週一でやっていくうちに、もうちょっと大槌高校のことが知りたくなったし、もっと地域のことを知りたくなって。釜石に来たときもそうだけど、6年、7年も離れていると、人も変わってるし、こっちの地元出身ですって言ってもわかんないんですよね。だから、もうちょっとコミットしようと思って、今はほぼ毎日学校に行っています。

─── 毎日大槌高校で働くから、ゲストハウスの形態も変えた?
それもあります。それとやっぱり、ここの暮らし方が魅力的だなと思ったわけですよ。大変な部分もあるけど、ご近所づきあいがあって、お裾分けをもらったりとか、挨拶したりとか、野菜の育て方を教えてもらったりとか、ゆるいコミュニティがあって。
ゲストさんにもそういう暮らしに触れてほしいなって思ったときに、一泊二日とかだと、そんなに感じられないんですよね。夜だって17時ぐらいにチェックインして、朝は10時にチェックアウトしたら、この仲見世に触れるっていう部分がないから、もうちょっと中長期で泊まってくれた方が、そこに触れられるんじゃないのかなと思ってて。
─── なるほど。それにしても人生が、すごく地元・大槌に向かって進んでいる印象がありますね。
もうね、大槌に戻ることが目的なんですよ(笑)。それこそ震災後、大槌を離れてからいつかは戻りたいって思ってたんじゃないかな。戻らなきゃみたいなのがあったし、戻ることが当たり前の選択肢にある。震災当時高校生で、大変な状況で周りからも、「今後はお前たちが地域をつくっていくんだぞ」って言われるわけですよ。「戻らなきゃ呪縛」ですよ(笑)。まずは、今自分に必要だなと思ったところをやっていく感じですね。これからは、もっと大槌にコミットしていきたいって思っています。

- 東谷いずみ
- 1994年生まれ、岩手県大槌町出身。大学卒業後は宮城県石巻市で復興支援員として被災地支援に従事した後、2018年に釜石へ移住。釜石大観音までの通り道、"仲見世通り"で女性限定・中長期滞在専用の小さな宿「あずま家」を運営。看板ねこのマロも仲見世生まれ仲見世育ち。
●あずま家 https://www.azumaya-kamaishi.com/
インタビュー日2021年6月17日
取材・文・写真 松浦朋子
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