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同じことを繰り返したくない。仕事に活動に邁進してきた源にある気持ち

菅波香織

未来会議 事務局長/はまどおり大学 代表 弁護士
福島 いわき

あえて結論を保留する、曖昧でいる、グレーでいる

─── 香織さんの主な活動について教えてださい。

仕事は弁護士をしていて、その他に「未来会議」。そして未来会議の分科会のような形で生まれた、子どもにまつわる問題を考える「はまどおり大学」を運営しています。

未来会議は2013年にスタートした対話の会で、もう9年ほど続けています。震災当時、私自身が妊娠していたこともあって、放射線による健康影響をとても気にして勉強をしたり活動をしたりしていました。そんな中で、お互い同じ子どもを持つ母親なのに、福島県産のお米を食べる・食べない、校庭で遊ぶ・遊ばないというような考え方の違いから分断が生まれてしまうことを知りました。ひどいときは誹謗中傷にまで発展してしまうこともありました。また、弁護士の仕事の中で賠償や生活再建の相談を受けていると、「あの人は津波の被害がなかったから」「あの人は原発事故の補償金がこれだけあるから……」という被害の違いによる分断が起きていることも知りました。

この分断をどうすればいいのかと悩んでいたときに、出会ったのが“対話”でした。互いが互いの話を否定したり判断したりせずに聴く対話という方法でなら、その意見の背景にあるものを知ることができる。背景を知ると、攻撃したり傷つけたりする姿勢が変わるんです。

私たちが対話の場で大切にしていることは、あえて結論を保留しようということです。答えを出さない。曖昧、グレーでいること。対話の結果よりも対話できる関係性でいられることが大事だと思っています。答えを求めようとすると分断が起こる。問いを共有すると信頼が生まれる。

─── 対話によって何が起こるのか、もう少し教えてもらえますか。

ミクロでは他者の言葉から自分が見つかるということですね。考えが違う他の人の言葉に触れることで自分の違和感に気づいたり、「自分にもこういう気持ちはあるな」と自分でも知らなかった部分に光が当たる。モヤモヤしていたものを表現できる言葉が少し見つかったり、言葉にはならないけど何かモヤモヤがあるんだなということに気がつくというイメージです。

マクロでは、私たち市民が主体性を取り戻すということです。民主主義の日本において、主権者である私達は代表者が行ったことに対して一定の責任を引き受けることが大事だと思っています。代表者を選び、代表者が物事を決定するプロセスにも主体的に関わる。そうしていれば代表者の決定によって何かが起こったときにも、「自分たちが決めたよね」と言えます。

でもそのプロセスに主体的に関わっていなければ、私たちは“被害者”になりかねない。役割分担が進んだ現代の日本では、偉い人や一部の専門家に重要な決定を委ねるということが当たり前になってしまい、その社会の中で私たちは主体性を失っていったように感じました。対話を通じて自分が考えていることに気づく、言葉にする、行動することでその主体性を取り戻すことができると考えています。

福島では今後もいわゆる処理水の海洋放出、いわゆる廃炉の問題もあります。今月は沖縄に行って対話の会をやりました。米軍基地問題について、現地では分断のようなことも起きているように感じました。もちろん違うところも多いですが、福島と共通する部分もあるのだなと思いました。

─── 答えを求めない、対話を続ける。それってすごく時間のかかることで、そうこうしている間にもいろんなことが一部の人によって決まって動いていく。無力感に苛まれたりはしないのでしょうか。

無力感とちょっとの希望がありますね。ちょっとの希望っていうのは、一人ひとりの変容によって主体性が育まれていくこと。活動をしていると誰かの変容を見る機会が多いので、「あー! 希望だー!」って思えることがたくさんあるんです。小さくとも。

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