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あの日からずっと、命の奥にふれ続けている

藤城 光

アーティスト、デザイナー/未来会議事務局
福島 いわき

悲しみに辿り着いた先に、何かを残せたら

─── 光さんの創作活動には変化がありましたか?

そうですね。表現の幅を広げてくれたと思います。「未来会議」の活動を通して知り合った方に地域を案内していただいたことがきっかけとなり、311の1か月後に起きた地震で命を落とした女の子のことを語り継ぐ山間部12kmに渡るインスタレーション作品や、炭鉱時代の産業の盛衰と震災で起きたことを重ね人々の想いを描いた地域を巡りながら上演する演劇作品の制作などもしました。

土地そのものに入っていく機会が増え、そこに存在する気配や命に触れる。その先で、過去の営みの重なりの中に自分たちの「生」があることなどを描く。制作に向かい、掘り下げていけばいくほど、まるでこの土地と会話をし、導かれるような感覚がはいってきます。内側にある、柔らかいもの……それがみえる瞬間に、これが命なんだなと思うと、なんともいえない感動があり、自分が媒体となり何かの想いを通過させていくことで表現がうまれてくるような感覚が強くなりました。

─── 光さん自身も大きく変化しているんですね

その人自身の奥にあるもの、その土地の奥にあるものにより興味が強くなったかな。
私自身は、2011年の震災がおきた時点で自分自身が失われたと思っているところがあって……。その一方で、自分の命に終わりがあることに気づき、人生の意味を取り戻したいとも思っているかもしれません。この両端は、いつか自分自身が崩壊することでもある気がしていて……。そこに向かう準備のために、今もいろんなことをしているんだろうな、と思う時もあります。

─── これからどうしていきたいですか?

もっと潜りたいですね。2011年に沢山の人が抱えることになった根底に近づき、知らなければならないなと。その深さまで辿り着いた先に、何かを残せたら……人々がそれぞれに抱えたものに少しだけ手を添えられるかもしれないと。ふれてほしい人がまだいるような、呼ばれているような感覚を自分自身が感じています。誰かの問題、そして自分自身の問題、その両方は離れていると同時につながり合っていて。潜っていきたいけれど時間は限られている。その揺れ動きの中で、いまを生きています。

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藤城 光
1974年茨城県生まれ。大学進学を機に埼玉へ、その後東京のデザイン会社に就職。2009年頃、東京から福島県いわき市に移住し、創作活動を始める。 東京ワンダーサイトゼロ展、スパイラルSICFなどで発表後、2010年、ギャラリーROCKET にて個展。2011年春、いわき市にて震災と原発事故を体験し、そこで生きる人々の姿やその想いに耳を傾け声を残す活動”PRAY+LIFE”を有志とともに続けている。
3331アーツ千代田でのスタジオ制作(2010〜2011)や西宮船坂ビエンナーレ(2012)、玄玄天(2014・2015)、生野ルートダルジャン芸術祭(2014)、さいたまトリエンナーレ(2016)などに参加。

ホームページ https://hikarifujishiro.com
pray+life http://praylife.net

インタビュー日 2021年2月25日
取材・文・写真 鎌田千瑛美

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