055
福祉の隙間に落っこちちゃった人のために、起業という決断
高橋早苗
一般社団法人 COCO-ARUBA 代表
岩手 花巻
組織のトップとしての自分の弱さに出会う
─── 独立はいつ頃から考えていたんですか?
37歳ごろです。3年ぐらい悩みました。最後に働いていた事業所では、「相談支援」という部署にいて、障害が理由で困っている人に一対一で相談に乗り、地域サービスにつなげるという仕事でした。いろんな相談に乗っているうちに、既存のサービスには隙間があることに気づいたんです。そしてその隙間に落っこちちゃう人がいる。例えば、障害者のサポートや子育てのサポートはあるけど、障害のあるお母さんの子育てについてはサポートがない。障害者の働く場所はあるけど余暇活動は確保されていない。週3で働きたい人もいれば週5で働きたい人もいるのに、地域には週5で働くことが基本になっている事業所しかない……、こういったことが「隙間」です。既存の福祉事業所では、「うちの業務はここからここまで」と、きっちり線引きがされています。でも私は、一人ひとりの“困り”に触れる機会があったので、線引きなんて関係なくて「この人、目の前で困ってますけど!」って思っちゃう。既存の仕組みでやれないなら、自分でできないかな、と考え始めました。
─── どうやって起業を決意されたんですか?
なかなか決断できなかったですね。自分の思いをわかってくれそうな人に、「このままでいいんだろうかー」ってぐずぐず、文句ばっかり言ってました。そうしたら姉が「じゃあ自分でやってみたら?」って言ってくれたんです。自分で起業するなんて夢にも思わなかったんですが、両親も「やってみたらいいんじゃない」ってあっさり。「え〜……、だって明日から飯食えなくなるかもしれないんだよ」なんてこっちがひるむぐらいでしたが、どうやら文句の言い方が半端じゃなかったみたいで(笑)。2018年、40歳で法人を立ち上げました。
─── 起業して5年目、「キツイな!」と思った時期はなかったですか?
昨年ですかね。だんだん利用者も増えてきて、スタッフも増えてきた頃、辞めちゃうスタッフが出てきたんです。スタート時は、スタッフにはどんな支援がしたいかという思いをきちんと伝えて、さらに言葉にならない部分は汲み取ってもらっていたんですけど、年を経るごとに伝わらなくなっていたことが原因でした。スタッフに「早苗さんのやりたいことってなんですか?」と言われたときにはびっくりしました。「ええー! 面接で伝えたじゃん!」って。でも私の考えも変わっていくし、私たちが提供する支援というサービスも形がないから、それを支える考え方とか理念がすごく大事なので、何度も何度も伝えなきゃいけなかった。
対人援助って難しくて、私も人、スタッフも人、支援対象者も人。みんな人なので感情があって、考えが常に変わるので、「これが良い支援だ」っていう決まり切った答えがないんですよ。「私が良い支援をした」ではなくて、支援対象者が「良かった」と言ったら正解。でも私たちの関わりに対して支援対象者がいつも反応を返してくれる訳じゃないから、正解にたどり着かないこともある。そういうとき、支援者同士で「なんで嫌そうだったのかな?」「昨日はこうだったよ」「こうしたらいいのかな?」と話し合って理解を深めていかないと質の良い支援はできない。大切なことは、正解をすぐに出すことではなくて、良いか悪いか分からないまま「なぜ?」と考えること。わかんなくていいんだよっていうことを、私はスタッフに伝えられてなかったんです。言わないで、「いつか気づいてくれたらな」って思っていました。それはたぶん、組織のトップとしての評価を意識しちゃったからなんです。「理念が伝わってないかな?」と言うこと自体がスタッフを否定しているような気がして、否定的な上司だと思われたくないっていう自分の弱さからです。今年はちゃんと伝えていきます。利用する人だけではなく、スタッフにとっても居心地のいい職場にしたい。支援すること自体もスタッフにとっての生きがいややりがいになってほしいと思っているので。
- 高橋早苗
- 1977年、岩手県花巻市生まれ。保育の専門学校を卒業し、保育士として心身障害児のケアに携わったことから福祉の道へ。以来、複数の福祉事業所で20年間勤務。2018年に「一般社団法人 COCO-ARUBA(ココ・アルバ)」を設立。精神障害者・知的障害者支援を中心とした多機能型事業所として、自立訓練(生活訓練)、就労移行支援、就労継続支援B型、相談支援事業を行なっている。また、障害者に限らず広く市民を対象としたサービスとして、記事冒頭の喫茶店やフリースペース、デイサービスを運営しており、2022年からはコミュニティ食堂もスタートさせる。「街に暮らす誰もがそれぞれにとって居心地のいい『場』をつくりたい」という理念のもと、障害の有無にかかわらず、さまざまな市民の居場所作りを行なっている。
一般社団法人 COCO-ARUBA
https://www.coco-aruba.com/
https://www.facebook.com/coco.aruba.25/
インタビュー日 2022年5月7日
取材・文・写真 成影沙紀
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