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福祉の隙間に落っこちちゃった人のために、起業という決断

高橋早苗

一般社団法人 COCO-ARUBA 代表
岩手 花巻

もっと、その人がその人らしく生きられたらいいのに

─── その生きづらさが福祉の世界に惹かれるルーツだったんでしょうか?

それもあるかも知れません。あと、昔同居していた祖母の妹が知的障害者だったんですよね。当時は障害者だとは思っていなくて、「ちょっと弱いおばちゃん」ぐらいのつもりでした。理解する力が弱くて、新聞もテレビ欄しか読めませんでした。でもご飯はつくってくれるし、私が小さい頃は子守もしてくれました。祖母は、「自分が死ぬ前に妹が自立できるように」と一生懸命にいろんなことを教え込もうとしていました。一生懸命すぎておばちゃんはかなり叱られていたのを覚えています。でも、結果的に祖母よりもおばちゃんの方が先に死んでしまいました。そしたら祖母がポツリと「あんなにいじめて教えなくてもよかったな」と。当時、うちの家族はおばちゃんに障害があるなんて知らなかったし、家族だけでサポートしていました。正しい情報が必要な人に行き渡って、家族だけでがんばらなくてもいろんなサポートが受けられるっていうことが知られていたら、おばちゃんもあんなにいじめられなくて良かったし、祖母もおばちゃんとの日々をもうちょっと楽しく過ごせたのかなって思います。

─── 20年間も障害者福祉の現場で働いてこられて、既存の福祉サービスにどんなことを感じていたんですか?

最初にいた病院は「入所」という形式で、利用者はずっとそこで暮らすんですね。そこでは、「みんな、この限られた世界の中だけで過ごしていていいんだろうか?」ってボヤッと思っていました。行事としてお出かけはあるんですが、例えば好きな歌手がいるならコンサートに行きたいんじゃないかなぁとか。病院の食事ではなく、例えばこの年頃ならパフェとか食べたいんじゃないかなぁとか……。穏やかな日々を提供することが良いことなんでしょうけど、もっとやりたいこととか楽しみとか、“その人らしく”っていう部分が足りないんじゃないかなと。

次に移った就労継続支援B型の「通所」の事業所でも、また別の課題を感じました。事業所を利用しているのは、仕事をしながら社会で生活をしている人たちです。つまり、社会の中にいて、障害がありつつも社会に適応しなきゃいけない。彼らはダイレクトに差別に直面しながら頑張って生きていて、生きづらさの質が全然違う。何か、もうちょっとその人がその人らしく生きられる方法ってないのかなーと、またボヤッと思って。

─── う〜ん……障害って何なんでしょう。特に精神障害者、知的障害者への理解が遅れている気がしますね。

例えば、腕がないことや耳が聞こえないことによる“困り”はイメージできるけれど、精神障害や知的障害の“困り”ってイメージできないですよね。体が立派だから普通に見える。その人たちが抱えている“困り”が相手に見えないから、相手との間で不具合が起きる。この不具合が障害だと思うんです。

だから私は「障がい者」という書き換えはしていません。「害」という字が害悪などあまり良い印象を与える文字ではなく、誤った価値観の形成を助長するという考え方から「障がい者」という表現が広まっています。でもこれは「障害」をその人の中にあると捉えているからなんです。そうではなくて、不理解な他人や社会との間で初めて障害が生まれる。例えば、声が出なくたって、会話するツールがあれば“障害”はなくなりますよね。

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