010
仲間とともに、わたしがチャレンジし続けられる居場所がある。
古谷かおり
小料理屋「結のはじまり」女将
福島・楢葉
「やりたいこと」の、その先にあったこと
─── お店を立ち上げてみて、何が大変でした?
お店を始めるときの一番のハードルはお金でした。その初期費用を助成金で応援していただき、実現することが出来ました。
そのときに、自分を突き動かしていたのは、今になって思えば、「何かを成し遂げて認めてほしい」という、自己実現の追求だったと思います。アイディアが事業として形になったことで、当初の目的だった原発作業員の人々と地元の人々をつなぐ場をつくるという目的が達成でき、そのときに、いったん夢は満たされました。
最初は店の経営も順調でしたが、1年くらい経って、経営が厳しくなってきた頃、壁にぶち当たります。別のアルバイトをするか、会社員になって働こうか、そのほうがきっと楽だと思いました。
でも、そうなったら、私が楢葉町にいる意味がなくなってしまう。そう思っていました。
─── 楢葉町にいる意味って?
楢葉町にいるなら、私が何者かでないと意味がないような気持ちかな。ここにわざわざいる意味を、自分で創り上げないといけないという気持ちがありました。楢葉町が、新たに何かを生み出すことができる、チャレンジし続けられる場だから、私は楢葉町に暮らし続けることが出来るって思って。
楢葉町に住み続ける限りは、失敗しても、チャレンジし続けられる自分でありたいというか。
─── その時期から考えて、かおりさん自身は何か変わったと思いますか?
この地で「やりたいこと」をしたいという想いがあって。「結のはじまり」を始めて、それが満たされて、そこから気持ちが変わっていきました。自分が暮らす楢葉町への愛着が深くなった。
それを大事に育んでくれたのは、身近にいる楢葉の人たちの暮らしに対する振る舞い方からの学びが大きいです。ものすごく土地に思い入れがある側面や、地域のつながりを大事にして、好きな部分が沢山あって。けれど、それを担保している層が60代より上の感覚で、その人たちがいなくなると、受け継げなくなるのではないかという不安がある。
その一方、そういったこの土地ならではの想いや文化を受け継ぐことは、地元の人だけではなく、外から来た私だからこそ、面白がれる部分があるのではと感じています。そして、それを通訳することで、若い人や移住者にも沢山来てもらい、一緒に受け継げるようにならなきゃなと思っていて。今あるものをそのまま残すことだけではなく、地元の人の意識していることとは別の視点で、地元の文化そのものを、新たに生み出し直せたらいいなって考えています。
─── どんな時に、「人々の立ち振る舞い」から学んだのでしょう?
事業が苦しくなったとき、沢山の地元の人たちやお客さんたちに助けてもらいました。なんでこんなに優しくして、見捨てないでいてくれるのだろうって、その人たちの想いの源泉を知りたいという気持ちになりました。
言葉には上手くできないけれど、地域の食文化を調査した際、地元の人たちの野菜を大切にするさま、畑を大切にするさま、物を無駄にしないさまなど、何かを大切にするという優しさを持って当たり前に振る舞える。人としてのありかたに触れさせてもらったことで、人に対して心から感謝するという気持ちになれました。そのことが今の私自身に、大きく影響していると思います。
─── 地元の人たちの素敵な生き様を感じます。私自身の「やりたいこと」のためだけで始まったことに、巻き込まれてくれた人、叱咤激励し育ててくれた人、私を信頼してくれたたくさんの人たちに、改めて感謝したいという気持ちに気づかせてくれました。私が周囲からうけた沢山のサポートを、次に移住する若者たちに、どんなかたちであればつなげられるか、ということを今は考えています。
今、インターンで来てくれている大学生がいて。私がここで学んだことを彼女に伝えることで、成長ステージを上げてもらっている感覚があります。感謝の気持ちをもって、次のチャレンジをすることに、いまは面白さを感じています。
*その後、小料理屋「結のはじまり」は、地元の文化である漬物をいかした「発酵魔女の惣菜キッチン 結」へと業態変換。2021年6月16日のトライアルオープン以降、コロナ禍中でのテイクアウト中心とした営業を行っている。かおりさんは、ゲストハウスの運営もはじめた。
- 古谷かおり
- 1984年生まれ、千葉県出身。「ふくしま復興塾」への参加をきっかけに福島県楢葉町へ移住。原発作業員と地元住民とのコミュニティを結ぶ交流の場を目指して、小料理屋「結のはじまり」を立ち上げる。
●ホームページ https://www.yui-hajimari.com/
●Facebook https://www.facebook.com/yuinohajimari
●note https://note.com/yui_no_hajimari/
インタビュー日 2021年1月9日
取材・文 鎌田千瑛美
写真 中窪千乃
おすすめインタビュー
-
福島 いわき
宮本英実
MUSUBU代表
プランナーとしてエンターテインメントを社会課題とつなぎ、社会を変える力に
-
福島 浪江
小林奈保子
なみとも代表/cotohana 共同代表
地域づくりには正解も終わりもない。だから私は傷つき、成長する。
-
福島
藤本菜月
一般社団法人tenten 代表
縁あって来た福島。続く転入女性たちにも、福島を好きになってほしい
-
福島 相馬
黒田夏貴
浜の台所 くぁせっと店長
帆を張る船のように。風を受け、相馬を行く
-
福島・猪苗代
土屋美香
森のようちえん こめらっこ代表/のうのば/バングラデシュカレー屋(準備中)
この地域で「面白い」を仕事にしていくチャレンジを広げたい
-
福島 郡山
渡部友紀
家具と家の「ラ・ビーダ」/行きつけの杜プロジェクト
生み出したいのは分断ではなく、楽しい暮らしと美しい森