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勝負の世界を諦めて出会った農村の魅力。食で命を支える仕事に迷いも消えた
佐藤裕美
有限会社 伊豆沼農産 取締役
宮城 登米
農業に関わり、漠然とした不安がなくなった
─── 11年前の東日本大震災で、長く住んだ東京から登米へ移住。さらに広告代理店から農業と、大きな変化ですよね。実際、移住や転職はスムーズにいきましたか?
いや、まず引っ越してしばらく住むところがなくて(笑)。伊豆沼農産がある地区にはアパート物件というものがなかったんです。他の社員もほとんど地元の人でした。一人暮らしをするような人が住んでいないんですね。1月に転職し、「春になったらアパートができるから」と言われて、それまでは仙台から電車で片道1時間半の道を通っていました。雪や強風でたどり着けないこともありましたよ(笑)。
─── まずそこから! 大変でしたね!
はい(笑)。アパートに引っ越してからも、一人暮らしだとなかなか地域情報が入ってこなくて。町内の一斉清掃の日や集会所の場所がわからなくて困ったり。地域の人たちもアパートによそから来た人が住んでるらしいと気にしている感じもあって。初めの頃は、どうやったら馴染めるかなと考えながら暮らしていましたね。
─── 実際、どのように町に馴染んでいったのですか?
ありがたいことに、仕事を通してご近所の人と触れあう機会が増えていったんです。弊社の敷地内には、地元の農家さんが加工品や野菜を販売できる直売所があって、訪れる農家さんと色々と話すようになりました。「なんでここに来たの?」「一人暮らし大変でしょう?」「困ったらあの人に相談に行けばいいよ」なんて色々な情報をくださるようになったんです。
そういう繰り返しで、地域のことも教えていただきながら、私のことも知ってもらえるようになりました。
─── 皆さんすごく温かく受け入れてくださったんですね。
はい。私は東北生まれとはいえ農家の出でもないし、父も転勤族だったから、地域とのつながりが薄かったんですよね。でもここへきて、地域の高齢者さんとも繋がることができて、コミュニティの一員になれたことがとてもありがたく、面白いです。伊豆沼農産という職場のおかげだとも思います。
─── お仕事には順調に馴染めましたか?
そうですね。都会で週休2日で有給も取れてという環境と違って、やはり作物や生き物を扱う仕事ですから仕事量も多く大変ではあります。でもその分、すごくやりがいを感じます。
以前は「なんのために働いているんだろう?」ってわからなくなることがあったんですが、ここでは、豚を丁寧に育て、農業をして、食を作って人に届けるという命を支える仕事に関われている。そこに強い気持ちがあって、迷いがなくなったというか。漠然とした不安や将来への焦りみたいなのが一切無くなりました。地域のお年寄りの家に遊びに行って、ついでに何か手伝ってあげたりしながら、「よくやっちょるね。本当にありがとう」なんていう言葉をかけていただけたら、本当に勇気づけられます。夢中でやってきて、気がつけば10年以上が過ぎました。
─── 2017年からは取締役になられたとか! 県外から来た若い女性が、取締役になるなんて、かなり珍しかったのでは?
そうかもしれません。女性で役員に就くのは、社長の奥様やご家族というところが多いですね。やっぱり弊社は会長が変わりものなんですよね(笑)。よそ者の私にいろんなことを任せてくれて、すごくありがたいです。それに、以前の東京の会社だったら役員と話す機会はめったになかったけれど、今は会長とも激論を交わすこともたびたびで、意見も聞いてくれる。会長はワンマンなところはあるけれど(笑)、とにかく話はよく聞いてくれるんです。感謝しています。