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仲間とともに、わたしがチャレンジし続けられる居場所がある。

古谷かおり

小料理屋「結のはじまり」女将
福島・楢葉

私が「やりたいこと」その想いを実現できる場をもとめて

─── 小料理屋の女将のお仕事以外にも、すごく忙しく活動されていると聞きました。
私個人の「やりたいこと」の活動として、「結のはじまり」という取り組みをしています。

福島県楢葉町での小料理屋「結のはじまり」の経営と、移住者向けシェアハウス2軒の運営です。

─── どんなきっかけで活動を始めたんですか?
私は千葉県出身なのですが、震災当時は、会社員として東京タワーの足元付近で働いていて、揺れに驚いてビルから降りて上を見上げると、東京タワーのてっぺんがグワングワンと揺れていて、少し呑気にそれを眺めていたのを覚えています。

オフィスに戻り、テレビをみると東北の津波の映像が流れており、現実のものとは思えない光景を、どう捉えることもできなくて、驚き以外の感情が追いついてこなかったと記憶しています。その後に、ことの重大さがだんだんわかっていった、という感じでした。

─── 震災当時は、そんな体験をされていたのですね。
それからすぐに被災地へ向けて行動した、ということではなかったんです。

当時20代後半に差し掛かかっていて、自分の将来を考えたときに、「人の暮らしの安心安全を守れるような建築の仕事がしたい。」と徐々に思うようになり、社会人でも通える夜間の建築学校に入り直しました。

その学校を卒業した2015年春、いざ自分はどこで働こう? と考えたときに、選択肢の一つになんとなく、あの大震災を体験した「東北」がありました。

インターネットで検索したら、東京から一番近い東北は福島県でした。当時は恥ずかしながらその程度の理解度でした。

そこで福島県内の設計事務所を手当たり次第に検索し、その中でいくつかの事務所にインターンのお願いをメールしたところ、郡山の設計事務所が受け入れてくださり、1週間ほど、当時の仕事を休んで郡山に働きに行きました。

─── すごいバイタリティですね。
その時は、「自分がやりたい」こと、自己実現に向けて、無我夢中でしたね。

そんな折に、宿泊したゲストハウスのオーナーが「ふくしま復興塾」という活動を教えてくれました。「ふくしま復興塾」というのは、震災後の逆境の中で、何かやりたいという想いのある人達をサポートするプログラムで、カリキュラムの中に被災地域のフィールドワークなども含まれていたため、福島の現状を全く分かっていない自分も学べるかもしれないという想いで、2015年7月に入塾しました。その7か月間は、講座やフィールドワークがあるたびに東京から福島県内各地へと通っていました。

─── 「ふくしま復興塾」ではどんな学びが得られたんですか?
これまで「何かしたい」と思っていても行動できなかった自分でしたが、「ふくしま復興塾」に入塾し、アイデアの種を思い描くことから始めました。その背景やどういう想いでそのアイデアに至ったかというところまで掘り下げ続けたことで、アイデアを形にするまでのプロセスを学ぶ体験をすることが出来ました。

必要としている地域のニーズと、自分のやりたいことを結びつけることが出来た。自分を受け止めてくれる土壌ができて、やりたいという想いの背中を押してくれました。

─── 「ふくしま復興塾」を終えたあとは、どうしたんですか?
「ふくしま復興塾」が終わってから、復興塾で出逢った同期の仲間が、福島県楢葉町で古民家を活用して、コミュニケーションの場づくりを始めました。それがきっかけで、古民家の修繕やイベントの企画などを手伝ううちに、毎週末のように楢葉町に行くようになりました。

2015年〜16年当時、県外から来ていた原発作業員の労働者の方たちと、帰還宣言した地元に戻ってきた町民の間にあった意識のズレを感じる機会がありました。両者が交流できる場がないところが原因だと思い、その交流を促す場として飲食店をやれたらと思いたちました。その後、お店をするのにちょうどいい物件が見つかったんです。建築会社を辞めて、楢葉町に移住し、小料理屋「結のはじまり」を立ち上げることを決意しました。

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