014
福島で子どもを育てる覚悟を決めたら、未来を考えるようになった
佐原真紀
NPO法人ふくしま30年プロジェクト理事長/福島市議会議員
福島
社会から取り残された少数派の声に耳を傾けたい
─── 2019年には市議会議員にも立候補されましたね。
東京に暮らしていた頃の自分からは想像もできないですね(笑)。
震災前までは、正直、政治なんて関心がなかったんです。これは福島全体に言えるのですが、福島の人って政治への関心がとても低いんですよ。政治は遠いところで行われているもので、自分たちとは無関係だと思っているんです。どうせ自分たちでは変えられないと諦めている、と言ったらいいのかな。
でも、「ふくしま30年プロジェクト」の活動をしていく中で、自分たちの生活を良くしたいのなら、自分たちが動かなければ何も変わらないことを知ったのです。
─── それは、たとえばどんなことですか?
今から3年ほど前、市内の学校などに設置していたモニタリングポストを撤去する話が出ました。モニタリングポストとは、大気中の放射線量を自動観測する設備のことで、市内のいろいろな所に設置されていました。震災直後は21マイクロシーベルトもあった放射線量が、その頃には0.1マクロシーベルトを下回り、通常の生活に戻っていたんですね。設置し続ければ費用がかかるし、何よりも市としては風評被害を取り除きたかったのでしょう。オリンピックも控えていたので、クリーンなイメージをアピールしたかったのだと思います。
確かに、数値としては安全性を示していましたが、原発問題は終わったわけではありません。廃炉作業中に何が起こるか分からないなか、モニタリングポストを撤去して欲しくない。市長に要望書を提出し、全力で反対しようと思いました。
そのことをフェイスブックに上げると、800もの「いいね!」と、250ものシェアがされていたのです。多くの人が普通の暮らしを取り戻しているかのように見えて、実はみんな不安を抱えていたんですね。その思いを他の人に伝えたいと思っている人がこんなにいたんだ! と驚きました。一緒に賛同してくれる人も増え、その結果、モニタリングポストはそのまま継続できるようになったんです。
今までは、政治的なことは一度決まってしまったら、変えることはできないと思い込んでいたんですね。どうせ声を上げても、結局変えられないのなら、しょうがないと納得しちゃった方がラクじゃないですか。でも、この出来事をきっかけに自分たちの生活を守るには、自分たちで声を上げるしかない。声を上げることが大事なんだ。そして、自分たちで行動を起こせば、変えることだってできるんだ、ということを知ったんです。
市議会議員に立候補したのも、自分の生まれ故郷である福島をもっと良くしていきたいという気持ちが芽生えたからです。

─── ご家族はどんな反応でしたか?
夫は反対はしませんでした。でも、積極的に応援してくれたわけでもなかったですね。それがちょうどいいのかな、と思います。
実は私、最下位で当選したんですよ。落選した人との差はわずか11票。ギリギリだったんです。
市議会議員になって感じたことは、世の中の政治というのは、大多数の人を大事にするんですね。その方が目に見えやすい効果が期待できるからです。でも、私はNPOの活動をやってきたからというのもあるけれど、社会から取り残された少数派の人たちを助けたい。多分、私に票を入れてくれた人というのは、私のこれまでの活動を見て、そういうところに期待してくれたからではないかと思うんです。
─── 今後どのような取り組みをされたいと考えていますか?
NPOの活動をしていて感じたことですが、子育て中のお母さんが孤立しないように、お母さんたちが気軽に集える場所を作りたいですね。子どもの虐待や女性DVなど、家庭が抱える問題にもしっかり目を向けていきたいです。また、食物アレルギーを持つ人の災害対策、障害者の就労問題など、みんなの目が行きにくいところを拾い上げていきたい。少数派の力になることが、私の役割だと思っています。
─── この10年間で真紀さんの人生は大きく変わりましたね。
そうですね。つらい経験はしたけれど、得たものもいっぱいありましたね。
娘は震災のとき、幼稚園の年長で、震災の記憶が残っている最後の世代なんです。震災が起きて、外遊びができなくなり、はじめはとても不憫に思っていました。でも、家にいる間、絵を書くようになり、気づくと絵が得意になっていた。15歳のときに原子力災害伝承館を見学し、そこで原発のポスターを見て、感じるものがあったのでしょうね。それを機に、デザインビジュアルに関心を持つようになったみたいで。自分はお母さんにように人前で話すのは得意ではないけれど、福島のことをアートで表現したいと、高校はデザイン科に進みました。みんなそれぞれの形で自分が出せればいい。これからも大好きな福島の未来について考えていきたいです。

- 佐原真紀
- 1972年生まれ、福島県福島市出身。18歳で化粧品会社に就職し、上京。エスティシャンとして美容の仕事に携わる。25歳のときに同郷の夫と結婚し、32歳のときに出産を機にUターン。震災後、「市民放射能測定所」(のちの「ふくしま30プロジェクト」)の立ち上げスタッフとして参加し、のちに理事長に就任。2019年に福島市市議会議員に立候補し当選。現在は、市議会議員と理事長を兼任している。
●NPOふくしま30年プロジェクト https://fukushima-30year-project.org
インタビュー日 2021年2月2日
取材・文 石渡真由美
写真 鎌田千瑛美
おすすめインタビュー
-

福島 楢葉
西﨑芽衣
一般社団法人 ならはみらい
「いま、楢葉にいる」が、ずーっと続いている
-

岩手 大船渡
鈴木英里
東海新報 代表取締役
地域の宝にもっといろんな角度から光を当てて、反射した光を世界中に送りたい
-

岩手 釜石
黍原里枝
一般社団法人三陸駒舎/かまめっちょの会代表
子どもたちが大きくなったときも、安心して来られる場所、働ける場所にしたい
-

宮城 南三陸
栗林美知子
NPO法人ウィメンズアイ理事、南三陸所長/パン・菓子工房oui工房長
東北の町に暮らす女性たちの悩みに、ひとつひとつ、ただ、向き合っていきたい
-

岩手 住田
植田敦代
一般社団法人SUMICA副代表理事/ NPO法人wiz理事
田舎暮らしに選択肢を加えたら、女性や子どもの可能性は広がっていく
-

宮城 丸森
八巻眞由
(一社)YOMOYAMA COMPANY 代表/「まどい」ママ
地域という物語を生きる。Iターン2世のアイデンティティから見えた景色
